三題噺です。
細い細い指に、糸がかかっている。自分のものの半分位の太さしか無いのでは無かろうか。その代わり、その指の長さも半分ほどだけれど。 小さな手の持ち主が、難しい顔でその指に複雑に交差してかかる糸を見ている。さっきから手と糸を絡ませては、同じ場所で止まって、解説書を覗き込み、手を見比べて、唸っている。 「こうすると次の形になるんですよ。」 自分の手に同じように糸を掛けて見せて、次への道筋を示してみる。と、ふくふくと柔らかな顔の中央に刻まれていた見事な縦皺は消えたものの、代わりに唇がへの字を描く。 「ひとりでやってみたかったのに」 そう抗議されては降参だ。彼女の顔よりも大きな手にかかった赤い糸を、外して床に置いた。
昔、こんな風に遊んでもらった。当時は先生だと思っていたけれど、今にして思えば彼女は多分自分同様、学生ボランティアだったのではないだろうか。鳥を模した折り紙を作ってくれたり、肩を少し越した程度だった髪を結ってくれたり。迎えに来た親が笑うほど懐いていたような記憶が、脳の片隅にある。けれど、記憶は何故か苦味を伴って脳に残っている。私は、彼女に大して何かしでかしたのだろうか。 思考が遥か過去へと旅立とうと仕掛けた時、再び目の前のふわふわした生き物が喉の奥で威嚇するような音を立てる。
「どうしたの、──ちゃん」
「おねーちゃん、あっち行ってて」
彼女の口からこんな言葉が発せられた衝撃と、それと同調するように想起される記憶。
『おねーちゃん、みないで』
『……そっか』
懐いていた年上の『お姉ちゃん』を、驚かせたくて、でも見せてしまっては意味がない、とこんな言葉を発した事。その時の、『お姉ちゃん』の眉尻の下がった表情。そう、確か私はあの時、その日が彼女の来る最後の日だと知らなかった。その日は彼女を驚かせるに足ると思えるようなものは作れなくて、次の週からもう彼女は来なかった。 苦味があるわけだ。 一人で納得する。
「おねーちゃん」
あっち行ってて、そう言われてその場に立ったまま虚空を見つめていた私の裾を、その言葉の主の小さな手が引いた。
「ん?」
視線を下へと落とせば、先ほど難儀していた技の、一つ上級編が編みあがった様を目の前へ突き出された。
「みて、ひとりでできたの!」
「……!」 この子は、私と同じ苦味をこの記憶に残さなくて済んだのだろう。瞬いたまま大きく開いていた目を、ゆるりと細めて小さな頭をそっと撫でた。