向日葵という花には、存外沢山の意味があるらしい、とは最近増えた僕の知識だ。 「愛慕」 「崇拝」 「あなただけを見つめる」 だとかなんだとか。 何とも太陽によく似たあの花らしい花言葉ではないか。薔薇なぞはよく贈り物に使われるけれど、色が少し違えばとんでもない意味に早変わりしてしまうし、一色辺りの意味も多すぎて正直どの意味で贈られたのかよく分からなくなるのではないか、なんて。比べて向日葵の、なんと真っ直ぐな好意だけを表していることか。少々大きすぎる事以外完璧にさえ思える。

まあ、如何に完璧とは言え、大きさは相当の難物だし、これから行く場所に持って行くには、明るすぎて少々不適当に思えた。花屋の店先でその大きな花に暫し視線を奪われたまま固まっていた自分の頭を回転させ、赤くはないが明るい色で、怪しい意味のない切り花を探す。適当に店員に選んでもらって簡単に包装紙を巻いてもらっていると、すっかり馴染みになってしまった為か気安く話しかけてくる。

「毎週熱心ですねぇ、恋人さんか何かで?」

「そうだったらいいんですけど」

ああ、片思いってやつですか、とでも言うように店員が笑いかけてくるけれど、そうじゃない。

僕らは、ただひたすら仲が良いだけの幼なじみ。そうあろうと、あの子が今の状態になった時に約束した。 いつか、普通の二人の恋人同士なら決して迎えないような別れが、それも遠くない内に来る。それはどちらにとっても、苦しすぎるから。決めたこと、だから多分どちらもお互い想っているけれど言わない。

なんて事を行きずりの店員に言っても仕方がないから、分かったような笑みに曖昧に微笑み返す。 柔らかな黄色を花びらに抱いた花を、中も外も白い建物へと持って入る。待合室で受付順を待つ間、花は美しすぎて少し居心地が悪くなる。漸く名前が呼ばれて受付へ行くなり、そこに座るやはり白く、機能的な衣服に身を包んだ女性に紙を渡される。

「はいはい、お見舞いでしょ、分かってる分かってる。分かってると思うけどこれ書いてね」

顔を見るなりこれだから僕は余程有名なのか。僕も彼女の顔を覚えているからお相子だろうけれど。慣れた、という以上の、条件反射というべき動きで必要事項を書き込み、受付カウンターの向こうへ紙を返す。何度となく繰り返されてきたやり取りに、紙を受け取った彼女もやはり業務の一環としてさっと目を通し、所定の位置へ紙を積んだのが見えた。

「はい、部屋変わってないからもう行っていいよ」

行き先の部屋はこの建物へ入る度に訪れて来たもので、受付で言われた言葉を信じるのなら今日に至るまでずっと変わっていない。 案内もなく一人で歩く廊下を一人で歩く僕を見咎める人物ももはやなく、僕は実にすんなりと目的地にたどり着いた。礼儀として、小さくノックをして戸に手をかける。引き戸はさして力をかけなくても軽い車輪の音を立てて開き、建物の他の部分同様白い部屋の中の様子を僕の目に映す。

「待ってたよー!いつもいつもありがとねぇ」

一歩踏み入れれば、明るい声が僕を迎える。

「今日のお花は何?お、ハイビスカスかー、南国だねぇ、色は赤くないけど」

黄色のハイビスカス、花言葉は、確か『輝き』。いつも明るく振る舞う彼女には似合いだと思う。

「ね、今週は何があった?皆元気?」

今日一週間、学校で何があったかを話して聞かせてやる、それが、毎週の僕達の会話の殆どを占めている。

とは言え、もうすぐ、彼女の知る同級生達は、バラバラになる。僕の行く学校に同じように通うようになるのは、今彼女が知っている僕達の同級生の何人だろうか。その内何人と、今までと同じように近況を聞かせてやれる位に親しくし続けるだろうか。

否。

僕達は既にバラバラになり始めている。少しずつ、受験勉強のために、模試のために、学校に来ない日は増えて来ている。卒業までに、そういった全員が揃わない日は加速度的に増えていくはずだ。 それでも、彼女はそういった現象を知らない。僕から聞いて、現象としては知っていたとしても、実感が伴わない。伴う筈が、ない。

こうやって、僕達と彼女の時計は少しずつずれていくのだろう。今は人生という長い時間から見たなら五分にも満たない遅れだろうけれど。僕と僕の同級生が、進学して。結婚して。子供ができて。そうしている間に、彼女の時計は僕達の時計から五分、十分と遅れていく。そしてそのどこかで、彼女の時計が、恐らく僕らの時計より先に止まる。もう、遅れている事も何も関係なく、動かなくなる日が、来る。

そんな僕の思いとは裏腹に彼女の顔は今最近の知り合い達の状況を聞く期待に輝いていて。

「ああ、最近あいつがさ、……」

僅かに手元にある情報をかき集めて、彼女に話す。僕の持つ、彼女の欲しい宝物を、少しずつ分けるように。決して、無限のものではない。少しずつ、減っていく。

話しながら、いつか彼女の時計が止まる日を、ふと想像する。……きっと僕はその瞬間に立ち会うことは出来ないだろう。きっと彼女の家族から、或いは彼女の家族が知らせた人から人伝に、或いは病院にいつものように行った時に、居ないという事実で以てその時計が動かなくなった事を知るのだろう。

ふっと、どこかの蝋燭が消えたかのように寒くなった。知らず、膝の上の拳に力が入る。

「どしたの?」

それを彼女に見咎められて、慌てて首を横に振った。遠い未来の話を、ただ想像してしまっただけだ。それを彼女に今言う必要なんてない。

「大丈夫だよ」

君はまだここにいるから。大丈夫。

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