レイヤードの部隊「ティアーズブレイカー」のリーダー、山井姫城が大型ベクター「土蜘蛛」との交戦で毒を受けたのは、約二時間前。
「ティアーズブレイカー」が宿泊していたホテルが、土蜘蛛の生産した中型ベクターによって破壊されたのは、その更に数時間前の事であった。
結果として、音楽の祭典へ参加するべく海上都市ノアを訪れていた一行は、装甲車アマルゴサの中で寝泊まりを余儀なくされていた。
仮眠を取っていたエルグ・ノートンが目を覚ましたのは、他でもない姫城が苦悶の声を上げていたから。目を閉じる前、彼女はこんな毒など屁でもない、と嘯いていたものだったが、ひとたび眠りに落ちてしまえばそんな意地はもう張れない。
寄せられた眉の間を、指の背でコツリと叩けば、ほんの一瞬だけ、苦悶によるものでない理由で眉が寄せられる。黙ったままその額の汗を拭ってやれば、タオルの肌触りが不快だったのか、姫城が寝返りを打つ。背を向けられ横に空いたスペースに、エルグは腰を下ろした。
心配は、している。ただ、もう過度な心配ではなかった。中型ベクターの死体から作られた血清が姫城にはすでに投与されている。後はただ、彼女が回復するのを信じて待つだけだ。

「初めて会った時は、ただのクソ生意気なガキだと思ってたんだがなぁ」

そんな呟きが口から漏れて、自分も年を食ったと苦笑する。

『こんなガキンチョがレイヤードだぁ?!』

初めて組まされた時は、もう十年近くも前になるだろうか。
思わずそんな風に口から飛び出た声に、鋭い反駁が声高に返って来た。

『ナメんなよオッサン!』

当時はまだ二十代。幼い子供の口から出たそんな言葉に大きくよろめいた。

『まだオッサンとかいう年じゃねえんだよガキンチョ!』
『ガキンチョっていうなオッサン!』
『オッサンって言うの辞めたらな!』

結局すぐにガキンチョなどとは呼べなくなった。
それくらい、戦闘の相性が抜群だった。
言うなれば、最強の盾が最強の矛を守る。そういう状態だった。
それだけ相性が良ければ、例え戦闘以外の場面ではギャーギャーとわめき合っていたとしても、組まされる回数は必然的に多くなる。
幾度となくお互いを守り合っていれば、それなりの信頼はできてくる。
ただ、二人ともまだ周りを見るほど余裕がなかった。
何人も、自分たちが無傷の中で仲間が倒れていくのを見た。
二人とも、仲間を守れるほどの余裕がなかった。

『おっちゃん』
『山ちゃん』

そのころにはその呼び名が定着していた。

『オレ、もう、仲間が倒れるところ見たくねえよ』

その時の姫城は、珍しく弱気な顔をしていた。

『なあ、オレが強くなればいいの?』
『それだけじゃ足りねえだろう』

そんなことを偉そうに言えたのは、ただ年の差の分だけ、自分のアイデンティティのようなものを悩む必要がない分があったのだろう。

『強くなってさ、信頼される。仲間に頼られる。それで、やっと仲間を守れるんじゃあねえの』

そう言った後の姫城の顔は、眉を寄せて、への字口の下唇を突き出して、ちょうど、意地っ張りな子供のようだった。
その顔の理由はただの意地っ張りでは片付けられないものであることはよくわかっていた。

『じゃあオレ、リーダーになる』

そう言いだしたのは、ある意味自然な流れで。

『じゃあそんなリーダーさんの副官くらいには俺はならせてもらえるんですかね』

そんなことを言ったのは、軽口のようで本気だった。

『もっちろんだ!』

一瞬口と目を見開いて、それからニッ、と笑って、さっきまでの顔が嘘のように、得意な顔で返って来たその答えに、ホッと息をついた。

そんな二人のコンビがすっかり定着して、姫城の人生の半分以上の時間、コンビを組み続けて来て。
今回の姫城の負傷は、仲間を庇うために前へ出ていったために受けたものだ。

「随分立派なリーダーさんになれたんじゃあねえか」

だから、あんなクソ虫の毒になぞやられてくれるなよ。
俺のリーダー。

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