ベーコン卓、3話「港町の奇想曲」終了後の刃太郎さんモノローグ(https://privatter.net/p/6692230)に寄せ。
対の意識

* * *

 皆が寝静まった頃を見計らって、静かに共用リビングの扉を開く。借りたばかりなだけあって、さび付いた音もなく蝶番がなめらかに回ったことに、ホッと息をついた。隠密行動が得意なわけでもない自分がいくら息をひそめたところで、ラッハが余程疲れていなければ気づかれるような気もするが、それでもギルドメンバーたちの眠りを少しでも妨げたくなかった。
 月明りを頼りに抱えた本をセンターテーブルへ。自分が入ってきた扉が閉まっていることをもう一度確認してから、部屋の中央のランタンを灯した。

 海の専門家でもない自分がどれほど海図を眺めても、ジョーカーが分かることの半分も分からないだろう。だが、それでも奴がこのコインを投げてよこした意味を追いかけようと決めたから、少しでも紐解こうともがく。

 このコインの謎を解いた先に、ジョーカーと再び出会うことはないかもしれない。出会ったところで、刃太郎にあのような言葉を掛けた意味を、自分が聞くことはきっとない。だが、他に行くべき道がないからでもなく、ジョーカーと、彼のギルドともう一度対峙するべきだという、確信めいた直感を支えに、海図を重ねる。読む。

 自分は多くを望まない。本来は父親の借金さえ返せればよかったのに、このギルドに愛着が湧いて生まれてしまった小さな強欲は、完全に予定外だった。だからこそ、それ以上を望まない。
 大きなギルドになる望みも、権力を得る望みもない。夢や幻でなくたって、目に映す者が増えれば、確実に自分の心の中の家族の居場所は遠くなる。父親のように、いつか、忘れる日が来る。だから、自分の本当に守りたいものは、小さな光の防壁で守れる分だけでいい。家族に、このギルド。既に多すぎるくらいだ。

 自分が守りたいものの中の、家族という先約を自分は捨てられない。それはまさしく父親と同じく、夢に目が眩んで家族を捨てることに他ならないから。だから、刃太郎が帰る手段を見つけたとして、それについて行く手段があったとしても残るだろう。ならば、刃太郎が帰りたいと言っても自分に止める権利はない。あの日、ヴェールに語った通り。刃太郎にも家族があった。あれだけ律儀な男だから自分以上にそれを大事にしていただろう。想像に難くない。
 それでも、自分の中の強欲がささやくのは止められないのだ。このまま刃太郎がこの世界にとどまりさえすれば、家族を捨てずに、自分のこれまでの人生で最も魅力的で、刺激的で――夢のような時間が続くのだと。

 だから、自分は海図を広げる。
 刃太郎が帰る道を見つける手助けではない。
 刃太郎があの日ジョーカーに問われた言葉に改めて対峙するとき、下す決断を知るために。
 それが是であった時、刃太郎に対峙する覚悟を決めるために。

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