ブリューテリュード・ウェンがその日に受けた指令は、今までにないものだった。
蟲毒を経て、一つ屋根の下に暮らす兄弟となった内の一人を。
それも、彼がウェン家に来てからずっと、本当の血を分けた兄弟のように過ごして来た、「双子の」兄、キングリュード・ウェンを。
殺せという、任務。
珍しく取り乱しかけてから、まっすぐユーヤオ兄さん、アンテ兄さん、アッソロ兄さんの三人全員の共通見解であることを確認した。
確認が取れて。
兄さんがウェン家にあだなす存在であると、兄さん達が断じたと、裏付けされてしまった。

二人でずっと住んできた部屋に帰るのが、ひどく気が重くて。
廊下がひどく冷たく感じた。
部屋の扉を開けて中へ入った瞬間、まるで本当の吸血鬼であるかのように明かりの眩しさに顔をそむけてしまった。
足を中に踏み入れた瞬間から、その床がまるで真っ赤に焼けた鉄のように痛く感じた。

「おかえり、ブリューテ。兄さんたち、なんて?」

いつも通りの笑顔を向けられて、一瞬固まってしまったその隙を兄さんはきっと見逃さなかった。

「ただいま、兄さ――」
「そうか。そういう、事かな」

開いていた本を、兄さんがぱたりと閉じた。
いつもなら絶対に、読んでる途中の本を閉じたりしないのに。

「ブリューテ、おいで」

その一言で、すべてを悟られているともう分かった。
あんまりにも優しい言葉に、喉が慄いた。
ゆっくりと、足を進めた。

「これが、僕の一番好きな本。で、こっちは言葉が分からなかった時の辞書。あの本は割合に難しい言葉が多いから」
「こっちは、本の整理し方をまとめてあるノート。本棚は沢山あるから、少しずつ慣れていってください」

いつも通りの声で、穏やかに、紡がれる言葉の一つ一つを、黙って聞いて。

「さて、ブリューテ」

兄さんの言葉が止まって、兄さんがこちらを向いた。
いつもの、戦闘指示の時と同じ声で、同じ口調で。

「命令です。僕のことは全部、忘れなさい」

いつもと全く同じ笑顔で、強い口調で、命じられた。

「あ……」

反射的に従いかけてから、かちりと脳内で何か音がしたのを聞いた。

「ふざけないで忘れてなんか絶対やらない絶対絶対忘れてなんかやるもんか兄さんのバカバカ兄さんに文字を教えてもらったのも兄さんと一緒に外へ行ったのも兄さんの指示で戦ったのも兄さんと一緒にお祭りにいたことも兄さんが私を寝る時に抱きしめてくれたのも兄さんが私に血をくれたのも全部全部全部全部絶対に忘れてなんかやらない!!」

兄さんが何を言い挟む間も与えずに飛び掛かって床へ押し倒してまくし立てていた。

「私はこのままずっと私の半分を覚えているし兄さんがくれたものは血の一滴に至るまで忘れやしない!!絶対に!!」

喉が割れるばかりに叫んでいた。

「兄さん、大好き。この気持ちも、兄さんがくれたもの」

いつの間にかしっかりと兄さんの口を塞いでいた。
塞いだ手の甲が透明に濡れていることに気付いた。

「ずっと、ずっと大好きな兄さん……さよなら」

もう兄さんに何も反論させはしない。忘れることを納得させられてたまるものか。

皮膚一枚隔てた向こうの脈が、消えていく。

流れなくなった血を、長年飲み慣れた味の血を、初めて全部飲み干した。

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