当該小咄は「境ひなの話」の続編です。前作を読まなくても楽しめるように書いているつもりではあります。
引き続き、陽那と境が恋人の世界線にて。

* * *

潔癖は過ぎれば体に毒だ。
家の扉を開け放って一番に飛び込んできたのは、そういう白だった。

「ひゃっほーう!」

ただそんな中も臆さずに飛び出していくのがこの境という男だ。
眼を焼く光の中へ、一瞬躊躇った私とは対照的に、迷うどころか、そこが自分の住処であるとでも言うかのように一直線に駆けて。
無邪気と言うのか、自分の欲求に忠実というのか。あっという間に大男が雪の中に大の字に倒れ伏してはしゃぐと、いわゆる天使の姿が新雪に彫り込まれた。
溜め息をついて、半ば母親が子供を見守るような気持ちでいたのだが、ふとその姿に、雪の日にはあってしかるべき装備がない事に気付いて慌てて家の中へと駆け戻る。

「境、帽子もかぶらないでやってると、耳がしもやけになるよ」

朝ごはんを作った時にかけたエプロンをしたまま、玄関扉から身体をはみ出すようにして雪用の帽子を差し出しているとまるきり母親だ。息子のようなその男は、天使の形の穴から身を起こすと、昔から見慣れた笑顔で笑って帽子をしっかと被った。雪で滑りそうなのも構わずに立ち幅跳びのようにして大きく腕を振って勢いをつけているその背に、声をかける。

「あんまり長く遊びすぎちゃだめだよー。ほどほどに」

言葉を残して、玄関の扉を閉めようとドアのハンドルに手をかけた。その瞬間、こちらへと投げられる鋭い視線。そして次の瞬間、前へと飛ぶのでなく幼馴染は後ろへと、跳ね戻って来た。ちょうど、ドアを閉めるのに邪魔になる位置へ。運動がそう得意な訳ではないはずなのに、こういう時だけ妙に器用なのは、何なんだろう。

「ひなも」

着地して、しゃがみこんだままの低い位置から発せられたその言葉は予想通りのもの。――こうして誘われるのを期待していなかったと言えば、嘘になり。そういう素直じゃない自分を何と言おうと誘い出すのがこの男なのである。

「だめ、私雪用の暖かいの家から持ってきてないもん」
「ひなも一緒じゃなきゃやだ」
「話聞いてる?」
「ひなー」

むくれ顔で空いていた方の手を抱え込まれては、振りほどくのも一苦労。なんてのは、ポーズでしかないのを見抜かれているんだろうか。いつもは大人ぶっていても、装備がなくても、こんなに雪が積もれば遊びたい気持ちは結局抑えられないのだった。

「……しょうがないな。手袋とマフラーだけ取って来るから」

無いよりはマシだ、と最低限の防寒具を取りに戻るからと手を離させて、エプロンを外して、部屋着から防水ではないが外用の服に着替えて、首にマフラーを巻きつけ、手袋を嵌めていると、どうしても心が浮き立っていて。結局、自分も外ではしゃいでいる犬のような男と本当に大差ない、と自分に呆れて笑みを溢す。
改めて玄関を開けると、こんな短時間で呆れるほどの大きさの雪玉を転がしている姿があった。

「雪だるまでも作るの?」
「おう」

布団で転がっていた時はかまくらでも作ったら楽しいだろうか、なんて考えていたのは完全に置いてけぼりで、でもそれも楽しいよね、と子供返りした頭は柔軟に切り替わった。ただ、雪玉を作る速度は全く敵わなくて、私が小さな手に収まるサイズのものを作っている間に、この男はあっという間に頭用の玉まで作ってしまった。果たして自分が不器用なのか、境が器用すぎるのか。手の中の役目を無くしてしまった球を、雪だるまを積み上げるその背へと思い切り投げこんだ。

「どわ!?」

何だか間の抜けた声が上がった所を見ると、どうやらそれなりにいい勢いで当たったらしい。
雪だるまが安定した所で、こちらへと振り向いた顔は、随分といい笑顔を浮かべていた。

「そうかそうか、そういうの好きか」
「好きというか」
「それお返し!」

全く油断も隙もないもので、いつ作っていたのかも分からない雪玉が、しかも連続で投げられてくる。絶妙に胴体の高さに飛んでくるのは、気遣っているのか何なのか。もう一球作ってやり返そうとしても、その間に何発も飛んでくる。一体どうなっているのか分からないながらも、やられっぱなしは癪だから、頬を膨らせて雪玉をかいくぐって足元の雪を跳ね上げるように境へと浴びせた。

「それは卑怯だろ!」
「卑怯じゃないもーん戦略ですー」

子供のように言い返せば、向こうからも不定形のままの雪が大量に巻き上げられる。まるで浜辺のカップルのような遊びだ、と思ってから、一応カップルという関係だったと思い出す。そう思ったら、急にこんな悪戯だってありだと、不意に思い立ってしまって。歯止めをかける大人な自分など、雪の中に落としてしまったようだった。
浴びせられる雪の中をかいくぐって、相手の着ぶくれた胴体へと思い切り飛び込んで。もろともに倒れこんだ相手の頬へと、唇を寄せた。

「へっ」

驚いた恋人の顔が赤いのは、果たして寒さのせいか、それとも。両方で染まった自分の頬を隠すようにその腹の上で丸くなった。

<了>

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